| 千登世橋(ちとせばし) 東京都豊島区目白1丁目と雑司が谷との境界にある跨道橋 竣工 昭和7年2月(1932年) 開通 昭和8年(1933年) (Wikipedia) |
また同Wikipediaによると、「戦前の完成で、幹線道路同士の立体交差としては都内で最初期のものであり、今なお現役であるため土木技術的価値も高く「東京都の著名橋」の一つでもある。 平成2年(1990年)には町の美観と調和させるため親柱や高欄の意匠が改修された。」
| 千登世橋(ちとせばし) 東京都豊島区目白1丁目と雑司が谷との境界にある跨道橋 竣工 昭和7年2月(1932年) 開通 昭和8年(1933年) (Wikipedia) |
万世橋(まんせいばし)は、東京都千代田区にある、神田川に架かる橋の1つ。中央通り(国道17号)上にある。
万世橋の歴史は、1676年(延宝4年)に架けられた筋違橋(すじかいばし)に遡る。当橋は、徳川将軍が寛永寺に詣でる時に渡る橋で、現在の昌平橋と万世橋との中間にあった。すぐ南に筋違見附があり、橋はその見附の付属物であった。
1872年(明治5年)に筋違見附が取り壊され、翌1873年(明治6年)にその石材を再利用して、筋違橋の場所にアーチ二連の石造りの橋が完成し、当時の東京府知事大久保忠寛が萬世橋(よろずよばし)と命名したが、次第にまんせいばしという音読みの方が一般化した。眼鏡橋とも呼ばれた。
上流の昌平橋が1873年(明治6年)に洪水に流され、1896年(明治29年)に復旧される迄は、現在の万世橋の位置に仮木橋が架けられ、それが昌平橋と呼ばれた。即ちこの期間は、万世橋の下流に昌平橋があった。
1903年(明治36年)、一時昌平橋と呼ばれた仮木橋の場所(現在の位置)に新万世橋が架け直され、元万世橋と名を変えた上流の眼鏡橋の方は、1906年(明治39年)に撤去された。新万世橋は1923年(大正12年)の関東大震災で被災し、直ちに修復された。
大震災後の帝都復興事業に指定され、東京地下鉄道の渡河工事に伴う水路変更の必要もあって、一旦東側下流の木製仮橋に移転した後、1930年(昭和5年)に長さ26m、幅36m、石及びコンクリート混成の現在のアーチ橋に架け替えられた。南側より北側が広い橋詰広場や、欄干袂の機械室と船着場は、地下鉄建設時の経緯に依る。
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| 左岸の端にある歩道から |
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| 右岸の端に近い歩道から |
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| 左岸から |
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| 旧大師橋の跡地から |
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| 大師橋の左橋に近いところから上流に向かうパノラマ |
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| 大師橋の左岸の下から |
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| 右岸の多摩川河口付近から見る大師橋 |
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| 左岸の橋下 |
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| 2径間鋼斜張橋および2径間連続鋼箱桁という形式 |
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| 天空橋駅から出てすぐ |
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| 橋に向かって左側から見る景色 |
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| 同じ端の右から見る景色 |
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| 多摩川河口に向かって少し歩いたところから見る景色 |
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| 河川テラスから見る勝鬨橋のパノラマ |
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| 河川テラスから見る中央卸売市場築地市場と新橋地区 |