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Sunday, January 10, 2016

Visiting the Seven Deities of Good Fortune in Yanaka 谷中七福神巡り

Wikipediaによると、
谷中七福神(やなかしちふくじん)は、東京都台東区・荒川区・北区の7寺院に祀られている七福神の巡礼札所。
およそ250年前に始まったと言われる江戸最古の七福神。他の七福神には神社も入っているが、谷中七福神は寺院だけである。
各寺院で朱印押印用の版画台紙が巡礼期間に購入できる。 期間外は、境内に入れても板戸が閉まり本堂には入れず七福神が見えない事もある。
谷中の七福神は以下の通りです。
  • 寛永寺(不忍池弁天堂) - 弁才天
  • 護国院 - 大黒天
  • 天王寺 - 毘沙門天
  • 長安寺 - 寿老人
  • 修性院 - 布袋
  • 青雲寺 - 恵比須
  • 東覚寺 - 福禄寿
参考リンク[3]によると、日本全国の「巡って楽しい七福神ランキング」の2位は谷中で、東京最古といわれています。
2位 谷中七福神(東京) 370ポイント
東京最古といわれる七福神。周辺は「日暮里(ひぐらしのさと=一日中過ごしても飽きない里)」と呼ばれた。東覚寺には、自分の体の悪いところと同じところに赤い紙を貼ると病気が治るという赤紙仁王(写真下)がある。その近くにはこの地に住んだ文学者の資料を展示した田端文士村記念館も。途中のそば店には名物「七福神そば」がある。「巳年に運気が向上する弁財天を祭る上野不忍池弁天堂など古刹、名刹ばかり」(高木桂蔵さん)
 弁財天/弁天堂(写真上)、大黒天/護国院(電)03・3821・3906、寿老人/長安寺、毘沙門天/天王寺、布袋尊/修性院、えびす/青雲寺、福禄寿/東覚寺。上野駅や田端駅から徒歩約3時間
参考リンク[6]によると、谷中七福神は250年前に始まった東京最古の寺院のみの七福神だそうです。

参考リンク[1]は以下のルートを進めており、その出発点の寛永寺で頂いた地図とも同じで、上記のリストと逆の順番です。

電車で行く場合、JR山手線の田端駅で下車し、北口を出て左に500m程歩けば、道路の右側に東覚寺(とうかくじ)が見られます。
東覚寺 - 福禄寿。 真言宗豊山派の寺院  御利益は「人望」
本堂
白龍山
山門に体中に赤紙が貼られた金剛力士像
次は、約1キロ離れる青雲寺です。
青雲寺-恵比須  臨済宗妙心寺派の寺院
御利益は「正直」
そのすぐ隣は修性院です。

修正院 御利益は「大量」
次は、有名な夕焼けだんだんを経て700メートルを歩いたら、長安寺です。
夕焼けだんだん

長安寺 - 寿老人 御利益は「長寿」
次は墓地を経て、天王寺五重塔跡を通過し、桜600メートル歩いたところに天王寺(毘沙門天)です。
天王寺五重塔跡
天王寺 天台宗の寺院
正式名称は「護国山尊重院天王寺」
御利益は「威光」
朱印を待つ行列
天王寺から少し逆戻りして、さらに直進し、上野桜木、谷中六丁目を経て、軽約一キロを歩いたところに護国院に着きます。
護国院(ごこくいん) 天台宗の寺院 大黒天を安置する
御利益は「富財」


最後に、1.1kmを歩いて不忍池にある「弁天堂」に辿り着く。

寛永寺(不忍池辯天堂)
 御利益は「愛敬」
不忍池辯天堂は、天海大僧正が琵琶湖竹生島になぞらえて、寛永年間に不忍池に中之島を築き、その地に建立されました。(現在のお堂は昭和三十三年に再建。)
御本尊の八臂大辯財天(はっぴだいべんざいてん)も、竹生島の宝厳寺から勧請(かんじょう)したものです。(寛永寺HP)


折りたたまないとポケットに入らなかったので、皺皺になってしまったが、案内図と記念スタンプです。
谷中七福神巡り
地図と記念スタンプ
1月1日から10日まで
朱印集めの成果は、固めのカレンダーの紙を頂いて、一緒に筒状に巻いたので、あまり皺がありませんでした。
公式の色紙(朱印込で1200円)と朱印(200円ずつ)
最初の色紙に朱印があったので、全部で2400円

参考リンク
[1] 谷中七福神 地図 - 七福神巡りウォーキング
[2] 谷中七福神 - Wikipedia
[3] 巡って楽しい七福神ランキング 1位は「大阪」 :日本経済新聞2012/12/30記事
[4] 巡って楽しい七福神ランキング東京、七福神めぐり2015- Time Out Tokyo(タイムアウト東京)
[5] 東京の「七福神めぐり」ご利益たっぷりコース7選-Allabout
[6] 2015年は満願成就!初詣は七福神めぐり全国ランキング-ランキングシェア
[7] 青雲寺 荒川区公式ホームページ - 東京 - 荒川区役所

Sunday, March 30, 2014

Seven Lucky Gods at Shibamata 柴又七福神

恵比壽札所 薬王山 醫王寺
真言宗豊山派の医王寺は、薬王山瑠璃光院と号する。観賢法印が応永14年(1407)に創建、下総国分寺下の薬王寺と呼ばれたと伝えられる。戦国時代の国府台合戦で罹災、寛永年間(1624-44)金蓮院の僧某が再興、医王寺と改称した柴又七福神のうちの福徳恵比寿天で、南葛八十八ヶ所霊場57番札所。
大黒天札所 大黒山 寶生院
真言宗智山派寺院の宝生院は、大黒山と号する。寛永元年(1624)常陸国大聖寺末宝性院として京橋付近の創建、下谷谷中への移転を経て、明暦年間に池之端茅町へ移転したという。関東大震災で罹災し、昭和2年当地へ移転した。柴又七福神の一つとなっている大黒天は、江戸期から信仰を集めていたと伝えられる。境内脇は遍照院の新柴又中央霊園、正面左脇は題経寺の墓地である。南葛八十八ヶ所霊場の50番札所。
福禄壽札所 聖閣山 萬福寺
曹洞宗寺院の万福寺は、聖閣山と号します。昭和3年に創建、柴又七福神の福禄寿。
毘沙門天札所 経榮山 題経寺
日蓮宗寺院の題経寺は、経栄山と号し、柴又帝釈天として著名である。題経寺は市川市中山法華経寺第19世禅那日忠が当地にあった草庵を一寺とし成し、寛永6年(1629)開山したという。本堂改築に際して、梁の上から日蓮聖人自刻と伝えられる帝釈天像の板木(板本尊)を安永8年(1779)の庚申の日に発見、柴又帝釈天として著名となり、現在に至るまで庚申の日を縁日としている。柴又七福神のうちの毘沙門天としても有名です。題経寺の墓地と、浅間山噴火川流溺死者供養碑は葛飾区柴又5-9-18にある宝生院横にある
辯財天札所 石照山 真勝院
真言宗豊山派の真勝院は、石照山真光寺と号する。大同元年(806)の創建と伝えられ、江戸時代までは柴又八幡神社の別当寺であった。柴又七福神のうちの弁財天、新四国四箇領八十八ヵ所霊場28番である。柴又帝釈天題経寺のすぐ横にあり、真勝院からは題経寺の大鐘楼がよく望める
布袋尊札所 弘誓山 良観寺
真言宗豊山派の良観寺は、弘誓山観音院と号する。創建年代は不詳ですが、室町時代末期から江戸時代初期にかけての間に念仏堂として建立されていたと考えられ、その後両観寺・了観寺として一寺となっていたという。柴又七福神のうちの宝袋尊、江戸川七福神の布袋尊、また南葛八十八ヶ所霊場の52番、新四国四箇領八十八ヵ所霊場29番である。お腹に両手を願掛けを祈る宝袋尊がある。
壽老人札所 金亀山 観蔵寺
真言宗豊山派寺院の観蔵寺は、金亀山神宮院と号する。文明元年(1469)僧空性坊が創建、承応2年(1653)隆敬法印が中興開山したと伝えられる。柴又七福神のうちの一つ寿老人、また南葛八十八ヶ所霊場の第10番、新四国四箇領八十八ヵ所霊場26番である。京成本線沿いにあり、京成高砂駅からも望むことができる。線路向かいには高砂天祖神社がある
七福神めぐりは、柴又駅からだと思うかもしれないが、都内から来た人であれば、高砂駅近くにある観蔵寺からスタートするという経費削減ルートもあります。
 朱印の台紙は、朱印紙が200円、ご朱印が200円です。